浦和地方裁判所 平成2年(行ウ)10号 判決 1991年12月16日
原告
甲野一郎
原告法定代理人親権者父
甲野太郎
同母
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
新穂正俊
同
海老原夕美
同
福地輝久
同
外山太士
被告
埼玉県立上尾橘高等学校長
乙山次郎
右訴訟代理人弁護士
鍛冶勉
右訴訟復代理人弁護士
梅園秀之
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告の原告に対する平成二年三月五日付退学処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告はもと埼玉県立上尾橘高等学校(以下「上尾橘高校」という。)第一学年に在学していた者であるが、被告は平成二年三月五日付で原告を(1)教師に対する暴力二度、(2)教師に対する威圧行為、(3)指導拒否を理由として退学処分(以下「本件退学処分」という。)に付した。
2 しかしながら、本件退学処分は次の理由により違法である。
(一) 本件退学処分はこれに該当する事由なくしてされたものである。退学処分は他の懲戒処分と異なり、生徒の身分を剥奪する重大な処分であることから、当該生徒に教育による改善の見込みがなく、学校外に排除することが教育上やむを得ないと認められる場合に限って許されるものであって、校長の裁量権の範囲には属しない。このような観点からすれば原告に何らかの非行があったにしても、これらは到底退学処分の事由には当たらないものである。
(二) 学校教育法施行規則第一三条第三項は、退学処分事由を、(1)性行不良で改善の見込みがないと認められる者、(2)学力劣等で成業の見込みがないと認められる者、(3)正当な理由がなくて出席常でない者、(4)学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒の本分に反した者と限定し、上尾橘高校の校則もこれを受けて同様の規定をおいている。ところが、本件退学処分の通知書では処分事由として前項記載の三つの事由を掲げるのみで、具体的事実の適示はなく、これが校則のどの事由に該当するのかが明らかにされておらず、原告において被告や埼玉県教育委員会に対しその具体的事実を明示するよう申し入れた結果、ようやく処分後の平成二年四月二八日に簡単な事情説明がされたにすぎない。また本件退学処分は、これに先立ち、原告に対し自主退学の勧告がされたので、これに対する原告代理人による事情説明の要求と話合いの申入れの内容証明郵便が到達した四日後に、これを無視して急遽されたものであり、原告について十分な弁解の機会が与えられていたとはいいがたい。
よって、原告は被告に対し本件退学処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の(一)の事実は否認ないし争う。
同(二)の事実のうち、本件退学処分の通知書には処分の理由について具体的事実の適示がないこと及び原告代理人からその主張の内容証明郵便が到達した四日後に本件退学処分がなされたことは認めるが、その余は否認ないし争う。
三 被告の主張
被告が本件退学処分をした経緯は次のとおりである。
1 原告は、平成元年四月に上尾橘高校に入学した入学当初から、制服について、ネクタイをしない、ネクタイの芯を抜く、ズボンの裾をワイシャツ止めで止めて細くするなど、校則違反の服装を繰り返した。そのことを教師から注意・指導されると、これに反抗して、指導した教師に対し「俺ばっか言うんじゃねえ。」、「おめえでは話にならねえ。」等の暴言を吐いた。平成元年(以下、特別のことわり書きのない限り平成元年のことである。)五月二三日には注意されたことに腹を立て、指導した教師を足蹴にし、制止した他の生徒の襟首を掴んで下足箱にたたきつける等の暴力をふるった。
2 五月一二日の校外行事の一つであるバス旅行の際、原告は、走行中のバスの中で、肘掛けの上を歩いたり、他の数人の生徒と共に大声を出し、運転手が注意すると、運転手めがけて紙屑を丸めて投げつけるなど、危険な粗暴行為をした。同乗していた教師から注意・指導されても従わず、運転手やバスガイドの注意にも従わなかった。このため後日バス会社から学校に対し抗議の電話があり、学校から強い注意・指導をしたが、反省の態度は見られなかった。
3 六月一三日の職員室の清掃当番の際、原告は作業現場に姿を見せず、作業が終わろうとするころになって現われたので、指導監督をしていた教頭が「欠席扱いにする。今後は遅れないように。」と注意・指導すると、これに反抗し「欠席でいいんだよ。」などとうそぶいた。そのほかにも当番として行われる清掃作業にはほとんど従事せず、教師からの注意・指導に対しては「じょうだんじゃねえ。ふざけんなよ。」などと暴言を吐いてこれを拒否した。六月二九日の大掃除の際にも、担当の教室の掃除をせず、他の生徒とふざけ合い、ガム取り用のスプレーをところかまわずかけまわし、教師が止めさせようとしても従わなかった。
4 原告は、新学期の最初の日である九月一日頭髪を金髪のように変色させ、パーマをかけて登校した。これについて教師による再三の注意・指導があったが、従わなかった。
5 原告は、何度注意・指導されても繰り返し自分のクラスでない一年四組のショートホームルームの時間に、その教室に顔を出し、ホームルーム活動の邪魔をする行動をした。
6 原告は、九月八日大宮市内で喫煙しているところを教師に発見され、同月一二日、一四日から五日間の家庭謹慎を命じられた。その謹慎処分は、原告が反省の態度をみせなかったので同月二四日まで延長され、その間、教師による家庭訪問や教科指導が行われたが、その効果はなかった。
7 同月二七日、ショートホームルーム終了後、清掃作業の行われている前記一年四組の教室に原告が入ってきたので、作業の邪魔になると判断して、教室から出ていくよう注意したそのクラス担任の大室尚之教諭に対し、原告は「なんで顔出しちゃ悪いんだよ。そんなの関係ねえ。おまえなんか恐くない。考えなおせ。」などと暴言を吐き、持っていた鞄を床に投げ捨て、そばにあった椅子を持ち上げて殴りかかろうとしたが、そばにいた生徒に制止され、さらに素手で殴りかかろうとしたが、やはり二人の生徒に制止され、廊下に連れだされた。その後も同教諭に対し「なんだよ。おい。」と怒声を浴びせ、職員室に来るよう指示した同教諭に対して「ふざけんな。」と怒鳴って立ち去った。
8 被告は、原告の以上のような言動に鑑み、職員会議の諮問を経て、一〇月六日、原告及び求めに応じて来校した父親に対し、生徒心得を十分理解し行動する、教師の指示・指導に従う(言動に注意する)、遅刻、早退、欠席をしない、服装・頭髪について留意し校則に違反しない等の一般的指導事項を遵守すること、特に暴力をなくすこと、教師の指導に従うこと、教師を暴言等で威圧しないこと、決まりをしっかり守ること、教師と生徒の立場の違いをわきまえ言動にけじめをつけることを強く求め、これが守られないときは、退学して就職するなど進路を変更すべきである旨を申し渡し、両者はこれを了承し指示事項の遵守を約束した。その際、父親からの要望があったので、被告は、改めて職員会議に諮ったうえ、一〇月七日、原告をその日から一九日までの間家庭謹慎の処分に付することとし、原告と両親に申し渡した。その間、学校では、教師が家庭訪問をして生徒指導・教科指導を行ったが、原告は「仕返ししてやる。ぶん殴ってやる。」、「あの学校はおかしい。教員もおかしい。」、「反省することはなにもない。」などの言動を繰り返し、一〇月に行われたモジュールテスト(中間テスト)の成績も全教科一〇段階評価で二以下という極めて不良なものであった。
9 原告は家庭謹慎終了後の一一月二五日、教室で他の生徒と喧嘩をし、止めに入った教師に対し「馬鹿野郎。ふざけんじゃねーよ。」と怒声を浴びせ、攻撃をやめていた喧嘩の相手に対しさらに頭を締めつけたり、足払いを掛けるなどの暴行を続けた。そのうえ、この喧嘩の事実関係を調査するため学校に残るよう教師から指示されたがこれに従わず、制止しようとした教師を足蹴にするなどの暴行を働き、そのまま帰宅してしまった。
10 このように原告には家庭謹慎中及びその後も反省の態度が見られず、その意思もないと認められたので、被告は、一一月二九日の職員会議の諮問を経て、原告の将来を考え、退学処分ではなく自主退学を勧告することを決定し、同日その旨を保護者に伝達した。しかし、原告からは退学届の提出がなく、数度にわたって催告したが、その後到達した平成二年二月二八日付の原告代理人からの内容証明郵便で、原告には退学の意思がないことが明らかとなった。そこで被告は同年三月五日、職員会議の諮問を経て、原告を同日付で退学処分とすることを決定した。
以上の次第であって、原告の言動は学校教育法施行規則第一三条第三項第一号及び第四号、上尾橘高等学校学則第二七条第三項第一号及び第四号に該当し、原告を退学処分に付するには十分な理由があるから、本件処分は適法である。
四 原告の認否及び反論
1 被告の主張1の事実のうち、原告の服装について、ネクタイをしない、ネクタイの芯を抜く、ズボンの裾をワイシャツ止めで止めて細くする等の校則違反の事実があったこと、そのことについて教師から注意・指導を受けたこと、その際多少の文句を言ったことは認めるが、その余は否認する。
五月二三日の出来事は、担任の小林美奈子教諭が帰宅しようとした原告を追いかけ、腕を掴んで引き止めようとしたため、これを振り払おうとした原告ともみ合いとなり、その際原告の足が小林教諭の足に当たった、というものであり、原告が故意にしたことではない。他の生徒に対しても原告の行手を妨げたので押し退けようとしたことはあるが、暴力を振るったことはない。
服装についても、原告は教師の指導に文句を言うことはあってもこれに従っている。本来、学校における児童・生徒の服装は自由であるべきであり、校則でいたずらにこれを規制することはかえって児童・生徒の新しいものへの関心、自己表現の欲求を抑えてしまい、その自由な成長発展にとってマイナスである。現に、上尾橘高校では、校則で生徒の服装を厳しく規制しているが、これを守らない生徒が多数おり、校則に違反したのは原告ばかりではない。このような服装の持つ本来的性質に鑑みれば、服装が校則に反することを理由に生徒を懲戒することは誤りである。
2 同2の事実のうち、走行中のバスの中で、原告が肘掛けの上を歩いたり、多少騒いだこと、これに対してバスガイドが注意を与えたこと、後日このことについて原告が学校から注意を受けたことは認めるが、その余は否認する。紙屑を丸めて投げつけたのは他の生徒であって、原告ではない。
3 同3の事実のうち、原告が清掃作業に遅れたため監督の教頭から「欠席扱いにする。」と言われたこと、清掃作業の際他の生徒とふざけあい、ガム取り用スプレーをかけあったことがあることは認めるが、その余は否認する。
原告は清掃作業も原告なりにはしていたし、教師から注意されたとき多少反抗的な態度をとったことはあるが暴言を吐いたことはない。上尾橘高校では男子生徒のほとんどが清掃作業をしていないのが実情であった。
4 同4の事実のうち、原告が頭髪の脱色・パーマをしたことは認めるが、その余は否認する。
原告は頭髪について教師の指導を拒否したことはなく、指導を受けたあと、染色をしたり、ストレートパーマをかけたりして、頭髪はもとに戻している。その後染色が落ちてしまい脱色状態が現れたため注意を受けたことはあるが、これは故意にしたことではない。
服装についてと同様、学校における児童・生徒の頭髪は本来的には自由であるべきであり、校則でいたずらにこれを規制することは誤りである。上尾橘高校には頭髪についても校則に従わない生徒が多数おり、校則に違反したのは原告のみではない。
5 同5の事実は否認する。
ショートホームルームの時間に原告が一年四組の教室の廊下に行ったことはあるが、邪魔をするつもりはなかったし、「何度も」注意されたことはない。
6 同6の事実のうち、原告が九月一二日、これより先の同月八日大宮市内で喫煙していたことで同月一四日から五日間の家庭謹慎処分を受け、その後右謹慎処分は原告が反省の態度を見せないという理由で同月二四日まで延長されたことは認めるが、その余は否認する。右謹慎期間中原告は教師の家庭訪問を受けたことはあるが、教科指導は受けていない。
未成年者喫煙禁止法が未成年者の喫煙を禁止している趣旨は、子供の身体の成長・発達の障害となる喫煙を禁止して子供を保護するためであり、学校が喫煙をした生徒に対しそれを理由に実質的には停学に相当する措置をとり、その学習権を奪うことは法の趣旨を逸脱するものである。
7 同7の事実のうち、原告が椅子を持ち上げようとしたこと、二人の生徒に取り押えられたことは認めるが、その余は否認する。
原告は九月二七日の朝、一年四組のショートホームルームの時間にその教室をのぞいたことがあるが、そのあとで、担任の大室教諭がクラスの生徒全員の面前で「嫌なやつの顔を見ちまった。」と言っていたことをそのクラスの生徒から聞いた。その日の清掃の時間に、原告が一年四組の教室へ行ったのはこのことを大室教諭に問いただすためである。その際、原告が椅子を持ち上げたのは大室教諭に近づこうとしてこれが邪魔になったからどかそうとしただけであり、殴りかかったのではない。ただ、このとき原告は興奮して、大室教諭の襟首をつかんで詰問したことはあるが、この件はむしろ多数の生徒の面前で原告を馬鹿にするような言動をした大室教諭の責が問われるべきである。
8 同8の事実のうち、一〇月六日、被告から原告及び両親に対し被告主張のような事項を遵守するようにとの説明や要請があり、これを守ることを約束したことは認めるが、その余は否認する。
被告は、一〇月七日原告をその日から一九日までの家庭謹慎の処分に付することを決定し、原告と両親にその旨を申し渡したというが、その日両親は学校へは行っておらず、右処分の通知を受けたことはない。モジュールテストの成績は被告主張のとおりであるが、それは原告が右処分の結果勉強についていけなくなったためである。
9 同9の事実のうち、原告が他の生徒と喧嘩をしたことは認めるが、その余は否認する。
この喧嘩は相手が先に殴ってきたことから起こったのであり、ささいなことに端を発するこのような喧嘩は若者の間にはよくあることである。
10 同10の事実のうち、原告が自主退学の勧告をうけたが、退学届を出さなかったこと、平成二年二月二八日付で原告代理人から被告あてに内容証明郵便が送付されたことは認めるが、その余は不知ないし否認。
以上にみたように、被告が本件退学処分の理由として挙げる事柄はそのほとんどが事実に反するか、一部は事実であるとしてもそれ自体重大視するには当たらないものばかりである。原告は上尾橘高校で教育を受けることを望んでおり、その指導よろしきを得れば、原告については教育による改善は可能であり、したがって、本件退学処分はこれに相当する客観的事由なくしてされたものであるから違法である。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二<証拠略>並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 上尾橘高校は昭和五八年四月、埼玉県上尾市大字平方二一八七番地一に開校された埼玉県立の全日制普通科の高等学校であり、全校生徒の定員は一四八〇名、平成元年四月には男子二八五名、女子一九五名、計四八〇名が第一学年に入学を許可されており、原告はその一人として入学した者である。
2 上尾橘高校には「生徒服装規程」が制定されており、生徒の服装について規定している。原告は入学当初から、ネクタイをしない、又はその芯を抜く、ズボンの裾をワイシャツ止めで細くするなど校則に反する服装をしており、このことについて教師が注意・指導すると反抗する態度を示した。五月二三日には職員室で担任の小林美奈子教諭と対話中、他の教師からその服装、態度を注意されたことに腹を立て、席を蹴って帰宅しようとしたので小林教諭がその後を追い、引き止めようとした。この状況を目撃した他の上級生が校舎出入口付近で原告を制止しようとしたところ、原告はこの上級生の襟首を掴んでその背中を下足箱にたたきつけるなどの乱暴を働いた。
3 五月一二日、校外行事として行われたバス旅行の際は、原告は、走行中のバスの中で、肘掛けの上を歩いたり、他の数人の生徒と共に大声を出し、同乗していた教師から注意・指導されたが従わず、運転手やバスガイドの注意にも従わなかった。このため後日バス会社から学校に対し抗議の電話があり、原告は学校から強い注意・指導を受けたが、反省の態度を示さなかった。
4 六月一三日の職員室の清掃当番の際、原告はこれに参加せず、作業が終わるころになってやって来たので、指導監督をしていた吉田道行教頭が「欠席扱いにする。今後はおくれないように。」と注意したのに対して反抗的な態度を示した。そのほかの清掃当番のときにも原告はほとんど作業に従事せず、教師からの注意・指導に対しても反抗的な態度をとることが多かった。同月二九日の大掃除の際には担当の教室の掃除をせず、他の生徒とふざけ合い、ガム取り用のスプレーをかけまわり、教師が制止しても従わなかった。
5 新学期初日の九月一日、原告は頭髪を金髪のような色にし、パーマをかけて登校した。教師による再三の注意・指導が行われ、一部は直したものの、これを完全に元に戻そうとまではしなかった。
6 原告は時折り自分のクラスでない一年四組のショートホームルームの時間にその教室に顔を出し、そのため他の生徒の注意力がそがれ、ホームルーム活動が妨げられた。このことをそのクラス担任の大室尚之教諭に注意されても素直には従わなかった。
7 原告は九月一二日、これより先の同月八日大宮市内で喫煙しているところを上尾橘高校の教師に発見され、同月一四日から五日間家庭謹慎処分を受けた。しかし、原告が反省の態度を見せなかったので同月二四日までその期間が延長された。家庭謹慎中、教師による家庭訪問や教科指導が行われたが、その効果はなかった。
8 原告は九月二七日、一年四組のショートホームルーム終了後、清掃の時間にその教室に入っていったが、清掃の邪魔になるとして、教室から出ていくよう注意したそのクラス担任の大室教諭に対して「なんで顔出しちゃ悪いんだよ。そんなの関係ねえ。おまえなんか恐くない。考えなおせ。」などと暴言を吐き、自分の鞄を床に叩きつけ、そばにあった椅子を持ち上げようとしたが、その場にいた生徒に制止された。そのあと、さらに同教諭に詰め寄ろうとしたが、やはり二人の生徒に制止され、廊下に連れだされた。その後も原告は同教諭に対し怒声を浴びせ、同教諭の、職員室へ来るようにとの指示を無視して立ち去った。
9 以上のような状況下において、被告は、このままでは原告を指導していくことは困難であると判断し、職員会議の諮問を経て、一〇月六日、父親の立会いの下に原告に対して生徒心得を十分理解し行動する、教師の指示・指導に従うこと(言動に注意する)、遅刻・早退・欠席をしない、服装・頭髪に留意して校則に違反しない等の一般的指導事項を遵守すること、特に暴力をなくすこと、教師の指導に従うこと、教師を暴言等で威圧しないこと、決まりをしっかり守ること、教師と生徒の立場をわきまえ、言動にけじめをつけることを約束させ、これが守られないときは、退学して就職するなど進路を変更すべきことを申し渡した。そして、改めて職員会議に諮ったうえ、反省の機会を与えるために原告に同月七日から一九日までの間家庭謹慎を命じ、その期間中、教師による家庭訪問・生徒指導・教科指導を行ったが、顕著な反省の態度は見られなかった。
10 そればかりか、原告は家庭謹慎終了後の一一月二五日、教室で他の生徒と喧嘩をし、止めに入った教師に対し「馬鹿野郎。ふざけんじゃねーよ。」と怒声を浴びせ、攻撃を止めていた喧嘩の相手に対しさらに頭を締めつけたり、足払いを掛けるなどの暴行を続けた。そのうえこの喧嘩の事実関係を調査するため教師から学校に残るよう指示されたが従わず、制止しようとした教師を足蹴にするなどの暴行を働き、そのまま帰宅してしまった。
11 そこで、被告は、一一月二九日の職員会議に諮ったうえ、原告の将来を考え、退学処分を避けて自主退学を勧告することとし、同日その旨を両親に伝達した。しかし、原告からは退学届の提出はなく、逆に原告代理人から到達した平成二年二月二八日付の内容証明郵便で、原告には退学の意思がないことが明らかとなったので、被告は、同年三月五日の職員会議の諮問を経て、原告を同日付で退学処分に付したものである。
原告本人尋問の結果及び<書証番号略>中、右認定に反する部分はたやすく採用しがたく、ほかにこれを覆すに足りる証拠はない。
三そこで、右認定の事実に基づき本件退学処分の適否について検討する。
元来、高等学校の生徒に対する懲戒処分はその教育活動の一環として行われるものであるから、校長が生徒に対して懲戒処分を行うについては、当該生徒のした行為が懲戒に値するものであるかどうか、また懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかの判断は、当該行為の軽重ばかりでなく、生徒本人の性格及び平素の行状、それが他の生徒に与える影響等諸般の要素を考慮したうえでする必要があるのであり、このような判断は校内の事情に通暁し、直接教育の衝にあたる者の合理的な裁量に任すのでなければ適切な結果を期しがたい(最高裁判所昭和二九年七月三〇日第三小法廷判決・民集第八巻第七号一五〇一頁、同裁判所昭和四九年七月一九日第三小法廷判決・民集第二八巻第五号七九〇頁参照)。もっとも、懲戒処分のうちでも退学処分は、他の懲戒処分と異なり、生徒の身分を剥奪する重大なものであるから、当該生徒に改善の見込みがなく学校外に排除することが教育上やむを得ないと認められる場合に限って許されるべきものであり、その要件の認定については他の処分に比較して特に慎重な配慮を要することはいうまでもないことである。しかしながら、退学処分といえども前記のような諸般の要素を勘案して決定される教育的判断にほかならないのであるから、具体的事案において当該生徒に改善の見込みがなく学校外に排除することが教育上やむを得ないか否かの判断は、その選択が当該具体的事案の諸事情を総合的に勘案して社会通念上合理性を認めることができないようなものでない限り、懲戒権者の裁量権の範囲内にあるものというべきである。
以上の観点に立って本件をみるのに、前記認定のような原告の学校内外における諸行動、教師の注意・指導に対する反抗的な態度、果ては教師を暴言によって威圧し、暴力的行為にまで及び、家庭謹慎などによって反省の機会を与えても何らの効果も挙げ得ないという事態に直面するに至っては、被告においても学校での教育・指導に限界を感じ、原告については学校教育施行規則第一三条第三項第一号及び第四号、埼玉県立上尾橘高等学校学則第二七条第三項第一号及び第四号に該当する事由があると認定評価し、退学処分を選択したことは社会通念上合理性を認めることができないものとはいえない。
ところで、原告は服装・頭髪についての校則違反及び喫煙行為を退学処分の理由とすることは許されないし、服装・頭髪についてはほかにも校則違反をしている生徒がいる旨主張する。確かに服装・頭髪は本来的には個人の自由に属する事柄であるが、高等学校が教育機関としてその目的達成のために、生徒の服装等を規制することはその規制が教育目的との関係から内容的に社会通念上合理的な範囲内にある限り、許されないことではない。前記認定の事実によれば、上尾橘高校が原告についてした服装・頭髪についての規制は高等学校の教育目的からみてその内容が社会通念上合理的な範囲を越えているといえないことは明らかである。高等学校において生徒の喫煙を規制するのは生徒の健康保護のほかにも非行を防止し、心身の健全な発達を図るという教育的目的の達成に必要なことであって、合理的理由があると解される。また、高等学校の生徒に対する懲戒処分は前述したとおり、具体的事案における諸事情を総合的に勘案して決定されるのであるから、単に服装・頭髪について他にも校則に違反している生徒がいるというのみで懲戒処分の効力が左右されるものでないことは多言を要しない。
次に、原告は、本件退学処分では処分事由として具体的事実の摘示がなく、原告に対して十分な弁解の機会が与えられていたとはいえない旨主張する。
退学処分は生徒の身分を剥奪する重大な処分であり、当該生徒に改善の見込みがなく学校外に排除することが教育上やむを得ないと認められる場合のみ許されるべきものであることからすれば、退学処分をするに当たっては教育機関として相応しい方法と手続により本人に反省を促す過程を経て当該生徒に改善の見込みがなく学校外に排除することが教育上やむを得ないものかどうかを判断することが必要である。これを本件についてみるのに、前記認定の事実によれば、本件退学処分の理由となったそれぞれの事由については半年余りにわたりその都度教師による注意・指導がされているのであり、最終的には具体的な遵守事項を示してこれを守ることを約束させ、守らない場合の措置についても本人のみではなく保護者にも説明をするという過程を経ているのであるから、原告には十分な弁解の機会が与えられているというべきであって、本件退学処分の通知書に具体的処分事由の摘示がないことは本件退学処分の効力に影響を及ぼさない。
したがって、本件退学処分にはこれを違法とする事由はなく、本件退学処分は適法である。
四よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大塚一郎 裁判官小林敬子 裁判官佐久間健吉)